前田文夫著「有間皇子物語」 ― 2012年01月13日

 市民ミュージカル劇団『希望』の関係者たちの間で有馬温泉ゆかりの有間皇子が話題になった。今後の創作ミュージカルの題材に悲劇の皇子のイメージが重なっている。劇団後援会の役員でもあり、山口ゆかりの孝徳天皇の唯一の皇子である有間皇子にあらためて関心を持った。ネット検索して有間皇子を主題とした二冊の本を入手した。その内の一冊、前田文夫著「有間皇子物語」を読んだ。
 著者は、現役時代を大阪で商社マンとして過ごし、退職後に白浜に移り住んで執筆活動を始めた人のようだ。古代史をテーマにした作品が中心でこの作品も1994年に発行されたものだ。
 おぼろげな輪郭だけのイメージだった「有間皇子」の全体像を知った。孝徳天皇の治世で最高の実力者だった皇太子・中大兄皇子は、孝徳帝の皇子・有間が長ずるに従い次期天皇の有力な後継候補として頭角を現してくることを恐れた。中大兄皇子の意を受けた蘇我赤兄が有間皇子に政権への謀反計画を唆し、それを中大兄皇子に密告したことから計画が発覚し、有間皇子は藤白坂で処刑されたというのが通説である。これを題材に作者は、有間皇子の生い立ちから処刑されるまでの19年の短い生涯を史実に即して描いている。
 古代史を題材とした創作は、史実が明らかでない部分が多く登場する人物像をどのように描くかは作者の主観に負うところが大きい。有間皇子を主人公とした物語では、父・孝徳天皇、従兄・中大兄皇子、義母・間人皇女(孝徳帝の皇后、中大兄皇子の同母妹)の存在は欠かせない。歴史の通説では大化改新の主役は中大兄皇子だったとされ、改新の詔を発した孝徳帝は傀儡だったとされる。この作品では孝徳帝は新たな国づくりを目指した人物として描かれ、その流れで有間皇子も父の志を継承しようとしたとされる。当然ながら皇位を窺う中大兄皇子は傲慢で冷酷非情な人物として描かれる。ただ孝徳帝の妃・間人皇女は一部の実兄・中大兄皇子との情交説を排し、孝徳帝や有間皇子との親密な関わりを維持した皇后として描かれている。間人皇女と有間皇子は9歳違いの義理の母子であり、二人のロマンスさえ窺わせる描き方である。
 幼児を過ごした有間のいで湯の宮、長じて招かれた父皇造営の難波宮、気鬱の病を癒すための牟婁(白浜)の湯の旅路と兵庫、大阪、和歌山を跨ぐ舞台での古代史物語は、ミュージカルの題材としても興味をもたらす作品だった。