黄金期の過ごし方2008年07月11日

 リタイヤ直後の60歳代を黄金期と受止めようと考えた。永い人生の道程の中でやりたいことをやれる条件が最も整っていると思えるからである。ところが頭で理解していてもなかなか実際にはやりたいことがやれないのも現実だ。
 頭の切り替えが追いつかないという問題がある。永い間子供たちのために頑張ってきたお父さん、お母さんたちは、にわかに自分たちだけのために過ごすことに慣れていない。既にひとり立ちしている子供たちのことを尚引きずってしまうことがある。あるいは孫やペットに異常に関わってしまうことがある。それはそれでやりたいことの範疇かもしれないが子供や孫やペットとの冷静な距離感が必要ではないだろうか。
 今ひとつは過剰な心配や不安がやりたいことを自粛させてしまうケースがある。リタイヤ生活は人生の最終場面であることは否定しがたい。永い間「老後のために」備えてきた習性が老後を迎えても抜けきらない。「寝たきりになったときのために」と新たな不安と口実がもたげてくる。やりたいこともやらずに資産を墓場にもっていくことになりかねない。もちろん子供たちや近親者に負担をかけることは避けねばならない。そのためにはきちんとした経済的な裏づけのある老後のライフプランが必要である。ライフプランに組み込まれたやりたい事なら憂いなくやれる筈である。
 更に物へのこだわりの強さの懸念がある。永い間の「家庭を築きあげる」営みが、抜きがたい物崇拝の習性を身につけさせている。築く営みが終了したリタイヤ生活のテーマは「物」でなく「事」だと思う。「欲しい物」でなく「やりたい事」なのではないか。にもかかわらず残り少ない人生には不要と思えるような高額なブランド・グッズに尚執着したりする。「物への執着」をいかに「事への愉しみ」に切替えられるかが求められる。