“愚か者”大迫傑のラスト・チャレンジ2021年08月09日

 東京五輪の最後の楽しみは男子マラソンだった。とりわけ今回は大迫傑(すぐる)という傑出したマラソンランナーが出場する。3年前に2時間5分台の日本人には夢のような日本新記録をたたき出し1億円の報奨金を手にしたランナーである。
 1カ月ほど前に、その大迫傑の密着取材番組であるNHKの”プロフェッショナル仕事の流儀「“愚か者”が、道を作る〜マラソンランナー・大迫傑〜”を観た。6年前にプロランナーに転向、アメリカに移住後、日本記録を2度更新する安定した実力、非常にストイックで独自の考え・哲学を持っている、時代を切り開こうとする強い意志。そんな大迫の高い壁に愚直に挑み続けて常識を覆してきた“愚か者”の知られざる闘いの記録を45分間に渡って共感しながら観た。
 五輪前にまだ30歳の大迫は、今回の五輪マラソンをラストレースと位置づけレース後の引退を宣言した。現役生活の最後のレースは、新たな挑戦のスタートのレースでもあった。日本のマラソン界が世界と互角に戦える土俵づくりに向けた挑戦である。
 真夏の過酷なレースは、大きな先頭集団からランナーたちが続々と脱落し10人に絞られた。30キロ過ぎにキプチョゲが仕掛ける。大迫は8番手まで下がった。もはやこれまでかと思って観ていたが、ここで大迫は粘り腰をみせる。36キロ付近で2人を追い抜き、6番手に上がる。いける!その前の4人の2位集団の背中が見えている。この勢いなら2位集団を追い抜くことも可能ではないか。瞬間的にそんな期待を抱かせる走りだった。ところが2位集団との16秒前後の差がどうしても埋まらない。最終的に6位入賞という最低ラインをクリアしてゴールした。
 レース後の大迫のコメントがある。「レースを見ていた選手は『次は自分だ』と思っただろうし、絶対にメダルに絡める。後輩たちが必ずやってくれる」。大迫が最後のレースで残したものは、日本人の五輪マラソンでのメダルへの現実的な可能性だった。大迫は6位からの「あと一歩」を次の世代に託し、競技人生を終えた。