映画評「2012」 ― 2009年12月16日
数年前、20数年前に交流のあった知人とある会合で再会した。当時は流通企業の経営責任者をやっていた。同時に生後間もない長男が病死したことを契機に、宗教書を読み漁る中で予言書への関心を深め、精神世界への関わりを深めていた。そして一冊の著作までものにしていた。私の書棚には彼から贈呈されたその著作がある。著作には、2012年に聖書やマヤ暦の予言にある人類の終末が記されていた。私自身はそうした予言の信奉者ではもちろんない。ただそれ以来2012年が特別なイメージをもつ年になったことは否定できない。
そんな中で今回、映画「2012」が封切になった。先の知人の著作と同じテーマのマヤ暦による2012年終末説を題材にした映画である。観ておきたいと思っていた。夜に飲み会の予定があった昨日、TOHOシネマズなんばで同映画を鑑賞した。
この映画には二つの期待があった。ひとつは地球規模の終末という現象をどのようにリアリティーのある映像表現をするのかという点であり、もうひとつは、なぜ2012年にどのような形で終末を迎えるのかという点だった。結論から言えば、前者については合格点以上のできばえであり、後者についてはうわべだけが触れられたに過ぎない。
2時間40分もの大作だったが、上映時間のかなりの時間を占める大災害の映像表現は息もつかせない大迫力だった。異常気象による地震、地割れ、火山噴火、津波やそれに伴う巨大ビルや高速道路の倒壊などの大都市崩壊などの映像表現は高度なCG技術を駆使してリアリティー溢れるレベルに仕上がっている。映画館のワイドなスクリーンと腹に響くばかりの大音響が映像の迫力に拍車を駆ける。
ストーリー展開としては物足りない。太陽ニュートリノの変異による地球のコアの過熱と、過熱で緩んだ地殻が一気に崩壊することで地表の全てが海中に没するという設定である。それは古代マヤ人の暦が2012年12月23日に終っていることと符合するということのようだ。ストーリーではこの異常気象をいち早く察知した地質学者がすぐに米大統領 主席補佐官に報告し、世界各国の首脳と一握りの富裕層にのみ事実が知らされ、現代版「ノアの箱舟」とも言うべき人類存続の一大プロジェクトが極秘に開始される。
映画は地表の大部分が海中に沈む中で三隻の巨大艦船に収容された人びとが危機を脱して生き残るシーンでラストを迎える。それは全人類から見れば一握りの選ばれた人びとに過ぎない。沈みゆく地表に取り残された圧倒的多数の人類がむなしく水没していったという残酷さは映像化されない。地球壊滅の日に向けて密かに「ノアの箱舟」が準備されているという仮説は、荒唐無稽とは言い切れない。地球そのものの存続が問われている今日、一部の選ばれた者だけが脱出可能なプロジェクトが許されるのか。その点こそがこの映画で語られるべきテーマではなかったか。
そんな中で今回、映画「2012」が封切になった。先の知人の著作と同じテーマのマヤ暦による2012年終末説を題材にした映画である。観ておきたいと思っていた。夜に飲み会の予定があった昨日、TOHOシネマズなんばで同映画を鑑賞した。
この映画には二つの期待があった。ひとつは地球規模の終末という現象をどのようにリアリティーのある映像表現をするのかという点であり、もうひとつは、なぜ2012年にどのような形で終末を迎えるのかという点だった。結論から言えば、前者については合格点以上のできばえであり、後者についてはうわべだけが触れられたに過ぎない。
2時間40分もの大作だったが、上映時間のかなりの時間を占める大災害の映像表現は息もつかせない大迫力だった。異常気象による地震、地割れ、火山噴火、津波やそれに伴う巨大ビルや高速道路の倒壊などの大都市崩壊などの映像表現は高度なCG技術を駆使してリアリティー溢れるレベルに仕上がっている。映画館のワイドなスクリーンと腹に響くばかりの大音響が映像の迫力に拍車を駆ける。
ストーリー展開としては物足りない。太陽ニュートリノの変異による地球のコアの過熱と、過熱で緩んだ地殻が一気に崩壊することで地表の全てが海中に没するという設定である。それは古代マヤ人の暦が2012年12月23日に終っていることと符合するということのようだ。ストーリーではこの異常気象をいち早く察知した地質学者がすぐに米大統領 主席補佐官に報告し、世界各国の首脳と一握りの富裕層にのみ事実が知らされ、現代版「ノアの箱舟」とも言うべき人類存続の一大プロジェクトが極秘に開始される。
映画は地表の大部分が海中に沈む中で三隻の巨大艦船に収容された人びとが危機を脱して生き残るシーンでラストを迎える。それは全人類から見れば一握りの選ばれた人びとに過ぎない。沈みゆく地表に取り残された圧倒的多数の人類がむなしく水没していったという残酷さは映像化されない。地球壊滅の日に向けて密かに「ノアの箱舟」が準備されているという仮説は、荒唐無稽とは言い切れない。地球そのものの存続が問われている今日、一部の選ばれた者だけが脱出可能なプロジェクトが許されるのか。その点こそがこの映画で語られるべきテーマではなかったか。
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