安住洋子「日無坂」2011年10月20日

 安住洋子著作の時代小説「日無坂」を読んだ。この作家の初めての長編小説のようだ。私にとってはこの作家の二作目の作品だった。
 波乱万丈のドラマ性はないが、物語性のあるしっとりした作品である。テーマは父親と息子たちの親子の葛藤と絆である。女流作家ながら主人公・伊佐次、その父・利兵衛、弟・栄次郎などの主要登場人物はすべて男だ。父と息子たちの心理や心の綾を女性が巧みに描いている。作家の想像力の凄味なのだろう。
 文芸評論家・縄田一男氏の解説が参考になった。よく知らなかったこの作家の立ち位置がよく分かった。一時期、歴史・時代小説が、ビジネスマンの副読本ともいうべき歴史解説小説や情報小説に堕した時期があった。その後、斬新な物語世界をつくり出す若手作家が次々に登場し物語性への復権があった。ところがこうした流れはストーリーの面白さを追求するあまり、文体を放棄する書き手を大量に産んでしまった。他方でバブル全盛期の威勢のいい剣豪もの、戦国もの、幕末ものが、バブルがはじけたとたん、市井ものが注目が集めた。読者は足元を見つめはじめ、江戸は義理と人情が貫かれるユートピアになっていった。こうした傾向の中で安住作品は、完璧に近い描写力に貫かれた文体をもち、ユートピアに堕さない厳しい認識の市井ものが描かれているという。
 安住作品を読む上で説得力のある解説だと思った。確かに独自の文体をもった優れた描写力はこの作家の持ち味である。地に足のついた市井の風景が坦々と描かれてもいる。どの作品にも登場する十手持ちの親分・友五郎がいい持ち味をいかして登場するのも実に巧みだ。藤沢周平や山本周五郎亡きあとの本格的な時代小説作家の一人にはちがいない。