藤沢周平著「用心棒日月抄・凶刃」2012年04月23日

 藤沢周平の用心棒シリーズ全四作の最終巻「凶刃」を再読した。シリーズ最終巻であるが前三作とは別個の作品といってよい。前三作が一話完結の短編を紡いだ連作スタイルであるのに対して、この作品はひとつの事件を綴った推理小説風の長編である。主人公・青江又八郎が前三作では溌剌とした青年剣士だったのに対し、舞台を16年後に移したこの作品では四十代半ばの中年武士となって登場する。
 こうした違いが読者に否応なく作風の違いを味あわせる。ひとつの事件を長編で綴るためには入り組んだ筋立てを用意しなければならない。それは時に散漫さやストーリー展開の過度の複雑さを招きかねない。前三作の青年特有の大胆さやむこうみずがもたらす明るさが後退し、忍び寄る老いを意識した情感が漂う。
 それにもかかわらずこの作品は前三作に決して劣らない面白さと水準を確保している。むしろ同じシリーズ作品でよくもこれだけの作風の違いを表現できるものだと作者の力量に驚嘆させられる。
 それにしても前三作の主人公の相棒・細谷源太夫の登場のさせ方にはどうだろう。又八郎は16年を経てあれほど明るく屈託のなかった源太夫が再び主家を失くし家族は離散し酒毒に犯された日々を辛うじて食いつないでいる姿と再会する。決してハッピーだけではない現実の過酷さを伝えるという作者の意図なのか。
 シリーズを通しての又八郎の真の相棒は嗅足組の江戸の頭領・佐知だろう。藤沢作品に登場する女性の中でもこれほど魅力的な人物は稀である。又八郎との別れを自覚した佐知は尼として仏門に入り、又八郎の住む国元の庵主となるという。作品のは老いた二人が尼寺で茶をくみ交わすシーンを連想させて終わっている。鮮やかな結末である。