北重人著「汐のなごり」2013年01月26日

 乙川優三郎著作の「かずら野」の書評ブログhttp://ahidaka.asablo.jp/blog/2006/10/25/574153#c6664005 に、昨年末にある方から次のようなコメントを頂いた。「乙川さんは今現在で最高の時代小説家であり、北重人亡き後、いつまでも執筆を続けていただきたいと思う随一の作家さんです」。北重人という作家は知らなかったが、一度読んでみたいと思い、すぐに二冊をネット注文した。その内の一冊「汐のなごり」を読了した。 
 建築関係のコンサルタント会社の経営者だった北重人さんは、50歳頃から小説を書き始めた。51歳でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューした遅咲き作家である。2009年に急逝し、作家活動はわずか10年ほどで、そのため出版された著作は8冊しかない。
 「汐のなごり」は、北前船が発着する北の湊・水潟(みなかた)を舞台とした6作品を納めた短編集である。作者の生まれ故郷・山形県酒田市の風土が全作品に色濃く反映されている。どの作品も起伏に富んだストーリー展開で一気に読ませてしまう。作者の物語性豊かな作品づくりの手腕を感じさせる。どの作品もハッピーな結末で締めくくられ、読者にほのぼのとした心地良い読後感を提供してくれる。
 藤沢周平、乙川優三郎の作品をほぼ読みつくした今、彼らの作品に匹敵するような次の時代小説作家を求めていた。この作品を読み終えて、ようやくその願いに叶う作家に巡り合った気がした。とはいえその作家の新たな作品を読むことは叶わない。その惜しまれる急逝が、巡り合えた僥倖を素直に喜べない感慨をもたらした。