高橋克彦著「炎立つ・全五巻」2021年08月30日

 高橋克彦著「炎立つ・全五巻」を再読した。前回の書評は5月24日だったのでこの5巻もの長編作を読了するのに3カ月を要したことになる。著者の蝦夷の系譜を辿った陸奥三部作のひとつで、「北の燿星アテルイ」と並ぶ傑作である。
 
 アテルイが朝廷に降伏して200年余りを経て、陸奥は奥六郡を制した俘囚の長(おさ)・安倍一族の隆盛で安定していた。物語の前半は安倍頼良、貞任、藤原経清の安倍一族と朝廷側の源頼義との宿命の闘い「前九年の役」をテーマとして描かれる。1057年の黄海の戦いで大敗を喫した源頼義・義家は、1062年に安倍氏の内紛や清原武則率いる出羽・清原氏の支援を受けて厨川の戦いで安倍氏を滅亡に追い込む。安倍氏滅亡後の陸奥を統治した清原氏は武則、武貞、真衡へと覇権を継承した。ところが武貞が藤原経清の妻を自身の妻とし、その連れ子・清衡を養子としたことから清原氏の内紛を招く。1087年、清衡は陸奥守として赴任した源義家の支援を得て清原氏の内乱「後三年の役」に勝利し覇権を握る。清衡は父である経清の姓・藤原氏に姓を改め平泉に強固な都を築き繁栄をもたらす。奥州藤原氏は清衡、基衡、秀衡と三代続き、四代・泰衡が源頼朝に滅ぼされるまで約100年の栄華を誇った。実弟・義経を匿ったことを名分とした頼朝の奥州攻めで奥州藤原氏は滅亡する。

 5巻に及ぶこの長編は物語性に富んだ展開に加え、魅力的な様々な人物たちが織りなす読み応えのある作品だった。俘囚と呼ばれた蝦夷と源氏との宿命的な確執に加え、奥州の黄金を支配する謎の一族・物部氏の蝦夷たちへの支援も興味深いものだった。
 それとは別に朝廷支配の枠外にあって奥州藤原氏の100年に及ぶ「政(まつりごと)」のシステムに焦点を合わせた大胆な視点に驚嘆した。公家政権から武家政権への過渡期に最初に登場したのが平清盛率いる平家である。ところが長期にわたる公家政権の政を継承するには清盛は最終的にその仕組みを受入れるしかなかった。そうした経過を冷徹に見据えていた頼朝は、政の仕組みも含めた本格的な独自の武家政権の確立を目指した。そのお手本こそが朝廷支配の外にあって独自の政の仕組みを確立していた奥州藤原氏の覇権の構造だった。頼朝の奥州支配は、奥州藤原氏の覇権を否定すると同時に、その仕組みをつぶさに把握し踏襲することにあったという解釈である。奥州藤原氏という魅力的な一族の歴史的な役割に一石を投じた素晴らしい視点というほかはない。

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