豊田有恒著「大友の皇子東下り」「長屋王牡牛事件」2013年07月02日

 この一か月半ばかり書評を更新していない。読書をしなかったわけではない。むしろ10日間のツアーの道中ではたっぷりある余白時間を読書に充て、4冊ばかり読了した。そのすべてが豊田有恒著作の古代史をテーマとしたものだ。永かった旅行記を終えて、その書評を更新することにした。4冊をジャンル別に2冊ずつに分けて更新する。最初の2冊は、それぞれ古代の歴史上の人物をテーマとした歴史小説である。
 「大友の皇子東下り」は、672年の壬申の乱で戦死したとされる天智天皇の皇太子・大友皇子が主人公である。壬申の乱は天智天皇の弟である大海人皇子(天武天皇)と大友皇子との王位継承戦争である。解説で「壬申の乱は、天皇家内部の叔父・甥の争いであり、戦前には旧制高等学校・大学に進むまでは教えられなかった」という指摘は興味深かった。そんなテーマに作者は大胆な仮説で挑んでいる。天皇の弟とされている天武帝についてのユニークな解釈や、大友皇子の死の謎についての独創的な解釈である。
 「長屋王横死事件」は、時代が下って729年の天武天皇の孫・長屋王の死を巡る事件の謎に挑んだ物語である。当時、政権の実質的なリーダーだった長屋王が、対立する藤原不比等の4人の息子たちによって仕組まれた陰謀で死に追いやられた事件だった。この事件の全貌を残された資料の詳細な読込みのもとに物語として描いたものである。
 両作品とも古代史を興味深く眺める上では、いい読書だったとは思う。ただ読後感は、この作者の最高傑作と個人的に思っている「倭王の末裔」には遠く及ばない。あの作品のスケールの大きい構想と迫真のリアリティが感じられない。冒険譚風のこの作品にそれを望むこと自体が「ないものねだり」なのかもしれない。

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