付添女性たちの修羅の場2007年03月14日

 病室のある13階のフロアを主通路に沿って1日に10数回も周回している。自宅近くの有馬川沿いの自然豊かな遊歩道には比ぶべくもないが、1カ月もこの道を歩き続けて、景観とは別の景色が見えてきた。
 10基のエレベーターホールと巨大な吹き抜けを挟んで東西に病棟がある。通路沿いには94のベッド数を収容する32の病室と東西の病棟ごとにナースステーション、談話室、食事スペース、処置室、洗面所などが配置されている。14の個室以外の病室入口は常時開放され、病室内の様子が通路からもうかがえる。病室の住人は日々入れ替わる。見慣れた住人のベッドが、ある日真っさらのシーツに替わり入院待ちの状態に整えられた時、住人の退院を知らされる。
 同じフロアにある耳鼻咽喉科の病室には幼児や児童の患者も多い。通路沿いによちよち歩きの幼児の後ろを若い母親が見守りながらついてくる。私にとっては心和む風景だが、幼児に付添う母親の心労はいかばかりか。談話室では30代の母親がいつも決まった時間に小学校低学年の女の子と一緒に休学中の勉強の遅れを取り戻そうとしている。母親たちの夜はベッドの傍らに並べられる病院貸与のボンボンベッドの上である。
 西病棟の通路突き当たりからは、広々とした窓越しにウォーターフロントまで遠望できる景色が広がっている。この場所でしばしば車椅子の老人とその夫人らしき姿を見かける。80の峠をとっくに越えたかに見える車椅子の老人は、鼻に酸素チューブをつけ、うつろな瞼を開き、半ば口を空いたまま全く身動きしない。すでに話すことも適わないようだ。そんな夫とともに傍らの夫人は、沈みゆく夕日をいつまでも眺めている。逆光に浮かぶ夫人の背中に、いつ果てるともしれない絶望の中で必死で耐えている哀しみを見た。
 入院病棟は、幼い子供たちの病苦を分かち合う母親や夫の晩年を支える妻などの付添い女性たちの修羅の場でもある。