乙川優三郎著「武家用心集」2010年06月28日

 乙川作品の再読が続いている。8編の短編を納めた文庫本「武家用心集」を読んだ。それぞれに何かしら心に残るものがある味わい深い作品だった。
 文庫本には、単行本にはない「解説」が巻末についている。当たり外れはあるものの、作品の余韻を味わえる場合が多い。「言葉が心を見詰める時」と題されたこの作品の解説は秀逸だった。乙川作品の本質を見事に捉え表現した解説だと思った。
 「乙川の小説は、思想が主題ではない。論理が主題なのでもない。人間の心の最も奥深くに潜んでいる感情ないし情緒に形を与え、日本語の繊細な調べに乗せること、それが乙川の本当の目的ではないだろうか」と、乙川ファンの最も琴線に触れる部分を的確に指摘する。
 「『たくらだ(愚か者)』とか、『しずれ(雪が木の枝から落ちること、またはその音)』とかの、人目に付かずにひっそりと辞書の片隅に眠っていた言葉たち。それらを自らの精神が宿る『よすが』であると認定した瞬間に、乙川は物語作者へと転生し、『田蔵田半右衛門』あるいは『しずれの音』という言語の織物が紡ぎ出される」と物語作家が作品を物語る動機やきっかけを鋭く抉り出す。
 解説者は、島内景二という日本古典文学研究者で文芸評論家でもある人物だ。源氏物語をはじめとする中世の物語文学が専門のようだあ。並々ならぬ日本語に対するこだわりが短い文章の中に籠められている。