藤沢周平著「長門守の陰謀」2013年05月03日

 藤沢周平の短編5編を納めた「長門守の陰謀」を再読した。史実を題材とした表題作の歴史小説と、下級武士の妻を主人公とした武家物と、市井物3篇である。
 何といっても面白かったのは、巻頭の「夢ぞ見し」だった。うだつの上がらない下級武士の妻・昌江が夫が関わったお家騒動に巻き込まれる顛末を描いた物語である。藤沢周平という稀代の時代小説家の優れた才能が凝縮されたかのような作品である。短編ながら物語性豊かで展開が実に面白く、ストーリーテラー振りがいかんなく発揮されている。それでいてユーモアたっぷりな明るい作品である。御槍組に勤める夫は足軽と一緒になって槍を磨いている。「ご自分の御槍はすっかりさびついているくせに」と呟くといった具合で思わずニンマリしてしまう。
 その二十五石の小録の夫婦の住いにイケメンの若い武士が転がり込んでくる。実はその若者は家督相続争いを避けて一時避難した藩主の三男だった。ある日昌江は、家の前で数人の武士に囲まれた居候の若者を夫が見事な腕で斬り伏せるのを目撃する。何の取柄もないと思っていた夫は実は藩内でも有数の剣の達人だったのだ。時が過ぎたある日、町角で昌江は供を連れた一団の駕籠から声を掛けられる。お家騒動の後に藩主に納まったあの居候の若者だった。労いの言葉と短刀が渡された。家に戻り昌江は思い出し笑いをする。あの殿様に肩を揉ませ、朝寝に腹を立てて布団をはぎとった光景を思い出したのだ。
 史実に残る庄内藩の出来事を描いた「長門守の陰謀」も読み応えのある作品だった。武家社会の持つ不条理で陰惨な側面を見事に描き出している。どこまでも強欲で自己中の長門守を描きながらその人間的な部分に触れることも忘れない作者の優しさが印象的だった。

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