高橋克彦著「火怨(北の燿星アテルイ)・下巻」2015年05月10日

 高橋克彦著「火怨・下巻」を読んだ。読み応えのあるズシンと心に響く作品だった。読者は最終的には阿弖流為率いる蝦夷軍が坂上田村麻呂率いる朝廷軍に敗れるという史実を知っている。それだけに哀しい結末を覚悟して読み進むのだが、著者はその悲劇的な結末を感動的な物語に仕立て上げてしまう「。
 史実では阿弖流為軍の敗北の要因は、田村麻呂による蝦夷軍の有力部族への懐柔策が奏功したということのようだ。ところが著者はこれを逆手にとって有力部族たちの離反は、阿弖流為が仕組んだ策であり、それこそが22年の永きにわたる戦さを蝦夷が誇りをもって終結させる戦略だったという展開に置き換える。
 四千にも満たない少数派となった阿弖流為軍が四万の大軍を擁する朝廷軍と最後の一戦に挑む。今や離反した蝦夷の有力部族たちは朝廷側の同盟軍である。阿弖流為軍が強靱で手強い闘いを展開するほどに同盟軍は朝廷軍にとって貴重でかけがえのない存在となる。
 作品は、田村麻呂が、処刑地に晒された阿弖流為と母礼の二人の首級に向かって語りかける場面で最後を迎える。そこで語られる田村麻呂の感動的な述懐は、この物語のテーマを次のような見事な言葉で伝えている。『蝦夷はすでに阿弖流為という神を得ている。阿弖流為の生き様が蝦夷らの道標となる。それは死をも恐れぬ力を与えるはずである。それに対して朝廷にはなにもない。この二十二年の永い戦さは、蝦夷のはじまりとなろう。終わりではない。阿弖流為という男を生むための戦さであった。(略)阿弖流為が蝦夷の道をこの戦さで示し、阿弖流為がこれからの蝦夷たちの目標になっていく。阿弖流為はすべての蝦夷たちの心に宿り、火となって熱く燃やし続けていくのだ』

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