司馬遼太郎著「この国のかたち 五」 ― 2011年03月10日

「大聖堂」や「阪急電車」など、読みかけの読書の寄り道をした。そしてようやく司馬遼太郎の「この国のかたち 五」に舞い戻って読み終えた。
この全六巻の著作のあちこちの頁の上隅は折り曲げられている。読みながら感じ入った記述のある個所を読み返せるようにという印だ。付箋の習慣のない私の子供じみた覚えである。第五巻は折れ曲がった頁の何と多いことか。第五巻の「神道」と「鉄」の考察が面白かった。それぞれが日本という国に及ぼした影響について述べられている。
「神道」は学生時代に何らかの形でマルキシズムの影響を受けた世代には、少なからず身構えてしまう宗教である。それは多分に国民を精神的に糾合して大東亜戦争に駆り立てた「国家神道」のイデオロギーに重なっている。作者は、神道の歴史的な歩みを冷静に追いながら「国家神道」が明治期以降の一時期の変質した姿であることを明らかにする。「自然をもって神々としてきた」古神道以来の日本人の姿を浮かび上がらせる。
「鉄ほど人類と深くむすびついた金属もない」で始まる「鉄」の考察も面白い。日本の水田稲作の弥生文化はセットとして鉄が付随した。五世紀の中国山脈での国産製鉄を支えたのは朝鮮半島からの渡来人だったと指摘される。製鉄には莫大な量の木炭を要する。朝鮮半島南部の製鉄の地は乾燥地質で山林伐採でほどなく禿げ山になった。彼らは製鉄環境を求めて多湿で山林の再生が容易な出雲の地に大挙してやってきたという。出雲神話に登場するスサノオノ命のヤマタノオロチ退治の物語は、大和政権と渡来人である古代製鉄集団との攻防物語と言えなくもない。古代出雲族が大和政権と覇を競ったと伝えられている。その現実的な裏付けに何世紀にも渡って渡来した製鉄集団の存在があげられている。極めて興味深い指摘だった。
この全六巻の著作のあちこちの頁の上隅は折り曲げられている。読みながら感じ入った記述のある個所を読み返せるようにという印だ。付箋の習慣のない私の子供じみた覚えである。第五巻は折れ曲がった頁の何と多いことか。第五巻の「神道」と「鉄」の考察が面白かった。それぞれが日本という国に及ぼした影響について述べられている。
「神道」は学生時代に何らかの形でマルキシズムの影響を受けた世代には、少なからず身構えてしまう宗教である。それは多分に国民を精神的に糾合して大東亜戦争に駆り立てた「国家神道」のイデオロギーに重なっている。作者は、神道の歴史的な歩みを冷静に追いながら「国家神道」が明治期以降の一時期の変質した姿であることを明らかにする。「自然をもって神々としてきた」古神道以来の日本人の姿を浮かび上がらせる。
「鉄ほど人類と深くむすびついた金属もない」で始まる「鉄」の考察も面白い。日本の水田稲作の弥生文化はセットとして鉄が付随した。五世紀の中国山脈での国産製鉄を支えたのは朝鮮半島からの渡来人だったと指摘される。製鉄には莫大な量の木炭を要する。朝鮮半島南部の製鉄の地は乾燥地質で山林伐採でほどなく禿げ山になった。彼らは製鉄環境を求めて多湿で山林の再生が容易な出雲の地に大挙してやってきたという。出雲神話に登場するスサノオノ命のヤマタノオロチ退治の物語は、大和政権と渡来人である古代製鉄集団との攻防物語と言えなくもない。古代出雲族が大和政権と覇を競ったと伝えられている。その現実的な裏付けに何世紀にも渡って渡来した製鉄集団の存在があげられている。極めて興味深い指摘だった。
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