共著「新自由主義か新福祉国家か」(その2)2012年10月06日

 単行本「新自由主義か新福祉国家か」の4章で構成された第1章「政権交代と民主党政権の行方」の書評である。本章は、一橋大学大学院社会学研究科教授の渡辺治氏の執筆である。
 冒頭で2009年総選挙で大勝して成立した民主党政権を、「歴史的」と捉える二つの見方があることが紹介される。ひとつは、1955年の結党以来続いた自民党の利益誘導型政治(「官僚主導の政治」)の終焉と捉える見方である。今ひとつは、ここ10年ほどの自民党政権によって遂行された「構造改革の政治」の転換と捉える見方である。
 著者は民主党政権を誕生させた背景に、二つの異なる力と期待があったと指摘する。ひとつは民主党政権に構造改革の政治を終わらせ、福祉の政治の実現を求める力である。今ひとつは自民党の開発型政治に終止符を打ち、政治主導の政治を求めるものだ。注目すべきは、開発型、利益誘導型政治をやめろという要求は、必ずしも福祉の政治を求めるものではなく、むしろ構造改革の推進を求めるという形で相矛盾するものであるという点だ。政権交代に対するこの二つの矛盾する期待を生みだしているのは民主党自身の持つ二面性にあるという。その概略は以下の通りである。
 民主党にはさまざまな政策や思想を担う諸勢力、大きく三つの構成部分によって成り立っている。その第1は、頭部である執行部を構成する新自由主義、自由主義派である。鳩山、菅、岡田、前原、仙石などの人たちだという。第2のグループは小沢派勢力が志向する民主党型開発主義派である。この勢力は党の心臓を含めた胴体部分を構成し、執行部内にも勢力を伸張している。今後、党執行部の開発主義国家解体=新自由主義路線と小沢路線とが正面衝突することは必定であるという(この予言は、今年に入って小沢派離党という形で見事に的中した)。第3グループは中堅議員グループで、自公政権の構造改革の矛盾を一身に受けた社会層からの支持を得て、党の手足として福祉政治を志向して政策活動を担った勢力である。
 民主党政権成立以来、上記三グループの力関係に急速な変化が現れた。財源問題を契機に財界とアメリカの圧力を受けて、新自由主義派の「事業仕分け」という構造改革路線が一気に強化された。マニフェストで掲げられた福祉の政治は大きく後退し、「手足」は沈黙を余儀なくされた。これは、第1のグループが「新自由主義国家構想」を、第2のグループが「開発型国家構想」を志向しているのに対し、第3のグループは明確な国家構想を持っていないことが最大の弱点であると指摘する。

 あれほどの期待を担って登場した民主党政権が、短期間で国民世論の支持を急速に失った。鳩山、菅の2代に渡る首相の資質もさることながら、民主党という寄合い世帯政党の持つ構造的な矛盾と問題がその最大の要因であったことが的確に分析されていた。今の日本の政治状況が、国家構想等での与野党の明確な対立軸のない、それだけに総選挙で選択肢のない不毛の現実であるのも事実だろう。新自由主義がもたらした格差と貧困が悲惨な社会を招いている。これに対抗できる国家構想が明らかになっていないのも現実である。次章以降の著述に期待したい。