共著「新自由主義か新福祉国家か」(その4)2012年10月24日

 単行本「新自由主義か新福祉国家か」の第3章「構造改革による地域の衰退と新しい福祉国家の地域づくり」の書評である。本章は、京都大学大学院経済学研究科教授の岡田知弘氏の執筆である。
 本章前段では、小泉構造改革がもたらした地域の疲弊の実態が解説される。5年半にわたる小泉内閣の構造改革は経団連の「グローバル国家」論に沿って、次のように展開された。第1に多国籍企業、金融資本の利益を最優先にした。第2に「自助と自律」を基本とした社会保障改革を行った。第3に大企業が活動しやすい制度環境の創出が行われた。この第3の施策の一環として、市町村合併の推進や地方財政支出の削減を図る「三位一体改革」、PFI(民間資本を活用し、民間に施設整備と公共サービスの提供をゆだねる手法)、指定管理者制度、市場化テストなどによる行政の民間化、内外多国籍企業の活動拠点が集中する大都市再生の公的資金の集中投下だったと指摘する。
 その上で、小泉構造改革の結果についての統計データをもとにした分析が加えられる。「改革なくして成長なし」のメインスローガンの目標はむしろマイナスという結果に終わった。即ち、国内総生産は、構造改革直前の2000年の511兆円に比べ、2006年は503兆円とマイナスだった。この間、企業所得、財産所得は増え、雇用者報酬は大きく減少し、大企業と中小企業の収益格差が拡大した。この背景には、大企業は海外に軸足を移しながら「経済成長」してきたが、国内には利益を還元しないばかりか、賃下げや税金、社会保険料負担引き下げ、税制や研究開発補助金等の優遇措置で利益を拡大してきたことがある。
 また構造改革による「地方の疲弊」も著しい。法人所得額の推移を追いながら「地域間格差の拡大と東京への富の集中」の実態が明かされる。「地域産業の後退と人口減少地域の広がり」と「限界集落」「限界コミュニティ」の広がりが指摘される。
 市町村合併・三位一体改革の地域にもたらした現実についての検証もある。「平成の大合併」の結果、市町村数は1460も減少し、合併自治体の面積は平均で3.5倍増えた。その結果僻地の多くの町村役場が消滅した。市町村役場は、地域経済の一大投資主体であり、大規模な雇用の場でもある。町村合併はこれらの機能を周辺部から奪い中心部に集中させることを意味する。
 更に、公務員削減と公共サービスの「市場化」の実態に触れられる。「市場化」の手法としてアウトソーシング、PFI、指定管理者制度等がある。それぞれの問題点を指摘しながら、つまるところ「営利目的の民間企業が公務員が行なう事業費よりも安いコストで事業を受注し、しかも利潤をあげるとなると、物件費か人件費を削減するしかない。それは、勢い、手抜き工事や手抜き管理を必然化するか、再下請けや非正規雇用の官製ワーキングプアを活用するしかない」ということになる。「本来、住民の基本的人権を守り、その福祉の向上を図るべき地方自治体の公共サービスが利潤追求の営利企業のビジネスチャンスに変わりつつあることが、地方自治の重大な変質と危機を生みだしている」。
 最後に、構造改革の対抗軸としての住民自治による地域づくりの方向性が述べられる。市町村に合併をゴリ押ししない複数知事の出現や、住民投票条例制定の直接請求運動や、合併後の旧町村ごとの独自の地域自治組織づくりの事例などが紹介される。また新たな福祉国家の下での持続可能な地域づくりに向けた、筆者の幾つかの提案も提示されるものの、総論にとどまり具体論にまで踏み込めていないという感があった。
 それにしても、構造改革がもたらした「地方の疲弊」の実態と、地方自治の変質の実態がかなり整理して理解できた。合わせて民生委員として地域コミュニティーに微かにでも関わっている立場から示唆に富んだ論文だったと言える。