藤沢周平著「無用の隠密」2012年10月13日

 最近購入した文庫本・藤沢周平著「無用の隠密」を読み終えた。書店で図書カード消化のため書棚を物色していた。その時、藤沢作品で初めてみる作品集をみつけて即座に購入したものだ。サブタイトルに「未刊行初期短篇」とある。
 短編時代小説15作品が納められている。巻末にそれぞれが発表された雑誌の発行年月が記されている。最も古い「暗闘風の陣」が昭和37年11月、収納された最後の作品「無用の隠密」が昭和39年9月である。藤沢周平が「溟い海」で第38回オール讀物新人賞を受賞して作家デビューしたのが昭和46年だから、これらの作品はその10年近く前からの著作となる。
 解説には文芸春秋の編集者で藤沢周平の担当者だった阿部達二氏が30頁を超える記述を添えている。そこにはこれらの未刊行作品が平成18年以降に発見された経緯が、詳細に記されている。その多くは「読切劇場」「忍者小説集」などの当時の大衆小説雑誌に掲載されたものだ。いずれにしろ今まで読むことが叶わなかった初期の藤沢作品に目を通す機会が与えられたことは、藤沢ファンとしてありがたいことだった。
 初期作品だけに、後の作品の原形ともいえる作品もある。総じて後年の藤沢作品にみられるしっとりした情感は希薄で、ストーリー展開に追われている観がある。それでもその頃からの物語性を紡ぐ才能の豊かさはさすがである。中でも表題作の「無用の隠密」は、物語性と情感が豊かな読み応えのある作品だった。