映画評「ノルウェイの森」2010年12月16日

 先日の夕食の食卓で娘に「話題の映画ノルウェイの森を観てくる」と話した。娘が読んでいた原作を借りて読んでいたこともある。昨晩、その娘が「私も今週末に観ることにした」と口にした。家族中の話題に遅れをとってはならじととっさに思ったのだろうか。家内の反応は早かった。今日の私の大阪での病院帰りに予定していた映画鑑賞に同行すると言い出した。すぐにTOHOシネマズ梅田のネット予約していたシート隣席を追加予約した。
 12時上映の場内は若者の観客を中心に約半分の入りだった。2時間余りスクリーンを見つめた後で思ったのは、活字媒体と映像媒体の違いということだった。原作の持つ思考の奥深くにまで入り込むインパクトは映画では描ききれない。逆に主要な舞台として描かれている直子の高原の療養所の美しさや過酷さは映像作品独自のものだ。時代背景は私自身の世代の青春とほぼ重なる。原作の活字表現では違和感のなかった1970年頃の時代感覚が、映画ではなぜか現代そのものに見えてしまう。あの時代のギラギラしたそして屈折したイメージが余りにも透明感に満ちた風景に置き換わっているように思えてしまう。
 ただ、ラストシーンは秀逸だった。「あなたは今どこにいるの?」。赤い公衆電話の向うでミドリが訊ねる。「僕は今どこにいるのだ?」。主人公ワタナベの独白が黒いスクリーンに白い文字で浮かびあがり突然エンディングを迎えた。「青春の彷徨」。私たちの世代が重く受けとめていたイメージである。映像媒体が活字を取り込んで表現した鮮やかなエンディングだった。