共著「新自由主義か新福祉国家か」(最終回)2012年10月30日

 単行本「新自由主義か新福祉国家か」の第4章「構造改革が生んだ貧困と新しい福祉国家の構想」の書評である。本章は、都留文科大学教授の後藤道夫氏の執筆である。
 本章の前半では、構造改革が生みだした日本の貧困の現状と背景が語られる。冒頭、日本では政府が貧困統計を出さなかったことによる貧困の理解不足や基準の低さが指摘される。日本では、餓死・病死の危険、行き倒れの水準かそれに近い水準でようやく救済するというのが生活保護制度の運用実態であるという。
 貧困を招いている賃金収入の減少要因である①失業者の増大②非正規労働者の急増③低処遇男性正規労働者の増加④若年層の非正規や無業の増大について解説される。これらの貧困拡大要因が生みだされた最大の背景が、組立型製造大企業の海外移転による産業構造転換にあり、日本型雇用制度の解体が進められたことにあると指摘する。
 こうした労働市場の急激な悪化と貧困拡大を抑止するはずの国家と社会の機能は極めて脆弱である。最低賃金、不安定雇用の規制、失業時の生活保障等の脆弱さ、社会保険の最低保障の欠落、子育て費用の社会的負担の脆弱さ、基礎的社会サービスの有料化、最低生活費非課税の原則の無視などが明らかにされる。
 後半では、上記の貧困の現状への対応を含め、新たな福祉国家の構想「生活保障システム全体の再構築」の必要性が述べられる。そのための政策的枠組みとして①あるべき労働市場②基礎的社会サービスの利用料③重層的な所得保障のあり方④福祉国家の財源を企業が負担すべき理由などの考え方が示される。
 この章は、統計データを中心とした実証的な記述が多く、全体枠組みの整理は分かりにくいという観があった。前半の実態分析の緻密さに比べ後半の福祉国家構想は具体性に欠ける点は、前三章にも共通する。

 以上、単行本400頁を超える大著を読み終えた。この著作全体についての感想は、新自由主義の批判的解説書としては説得力もあり読み応えのある内容だった。反面、これに対置する「新福祉国家構想」は、全体像の提示が不十分で、各論においても緻密さに欠けるという印象は拭えない。とはいえ、新自由主義の猛威が迫っている現状で、なぜそうした流れが危険なのかを論理的に把握する上では貴重な著作であることは間違いない。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック