蔦恭嗣著「石と水の女帝”宝皇女(たからのひめみこ)」2021年09月07日

 先月末に住宅街のカフェで同年代のリタイヤ男性と初めてお会いした。古代史と小説執筆という共通の関心のある話題で意気投合した。その後メールのやりとりがあり著作のPDF版をメール送信して頂いた。蔦恭嗣のペンネームで執筆された「石と水の女帝”宝皇女”」と題した歴史小説である。文庫本にして約300頁に及ぶ長編小説を読み終えた。主人公”宝皇女”は飛鳥時代の642年即位の第35代・皇極天皇である。山口町ゆかりの第36代・孝徳天皇の実姉であり、個人的にも馴染みのある人物で”乙巳の変”の現場に立ち会った天皇として記憶に残っている。
 作品は宝皇女の誕生から死に至るまでの波乱万丈の生涯を描いた一代記ともいうべきもので、以下のような事績が綴られていた。
幼い頃からの推古女帝との交流。最初の夫・高向王との出会いと夫の新羅との戦いでの戦死。推古女帝の勧めによる田村皇子(後の舒明天皇)との再婚。舒明天皇の有馬温泉行幸の同行。舒明天皇の崩御と宝皇女の皇極天皇としての即位。同母弟・軽皇子、息子である中大兄皇子(後の天智天皇)、大海人皇子(後の天武天皇)、中臣鎌足等との蘇我氏打倒の計画と実行(乙巳の変)。直後の軽皇子(孝徳天皇)への譲位。孝徳天皇の難波遷都と中大兄の飛鳥帰還の同行。孝徳天皇の崩御と宝皇女の斉明天皇としての重祚。石と水への信仰による大規模な土木工事の敢行。朝鮮半島での百済の唐と新羅による滅亡と復興支援。百済支援軍を率いての築紫・朝倉への進軍。斉明天皇の築紫・朝倉宮での崩御。
 読み終えた所感は次のようなものだった。著者は元来、小説執筆とは無縁の機械工学の研究者である。そんな人物が小説執筆を志した時、そのジャンルが歴史小説だったことはごく自然な選択だったのではないか。なぜなら歴史小説の成否は丹念な資料の読込みをベースとした創造性に負うところが大きい。それは研究者の営みに近いものがある。事実、この作品の作風はそうしたスタイルで貫かれている。
 今ひとつは、宝皇女という人物をテーマとした著者の慧眼である。宝皇女は天智、天武という存在感のある二人の天皇の実母ではあるが、歴史上の人物としては決して著名人ではない。それだけに小説の主人公として取上げられることは稀である。ところがあらためてその事績を辿ると数々の歴史的実績をこなし大事件の対応に関わっている。歴代2番目の女帝であり、初めて譲位を行った天皇であり、史上初めて2度の即位(重祚)を行った天皇でもある。
 更に史実を冷静に紐解きながら、宝皇女の足跡とともに登場する人物たちとの交流の様を生き生きとしたタッチで綴っている文体は素人の領域を超えていると思った。
 現役時代を肌違いの分野で過ごされた同世代の人物の貪欲な創作意欲と完成度の高い作品をものにした熱意に脱帽するばかりである。

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