村の鎮守の存在感 ― 2015年04月24日
早朝ウォーキングのコース途上に名来神社がある。有馬川に架かる愛宕橋の東側の丘陵に建つ旧名来村の鎮守である。一月ほど前に鳥居前の参道入り口に何やら工事が始まった。そして今朝の散策でようやく工事の全貌が見えた。手水舎と恐らく由緒案内が掲示板のようだ。銅板吹きの屋根に木目の鮮やかな木造りの立派な舎である。
それにしても山口町の旧地区の村の鎮守に対する想いの強さに驚かされる。旧山口地区を構成した五つの村にはそれぞれに鎮守がある。http://www.asahi-net.or.jp/~lu1a-hdk/yamaguti-sisek-jinja.html それらの鎮守は今も毎年の祭礼を欠かさず実施し、社の維持管理にも名来の例の如く怠りない。そうした風土が今尚地区ごとの共同体意識を支えているのだろう。もちろん世代交代や地区内に建てられたる集合住宅に移住してくる新住民の比重の増大に伴い希薄化しつつあるのも現実だろう。それでも共同体(コミュニティ)を維持する上での村の鎮守の存在感は注目に値する。
それにしても山口町の旧地区の村の鎮守に対する想いの強さに驚かされる。旧山口地区を構成した五つの村にはそれぞれに鎮守がある。http://www.asahi-net.or.jp/~lu1a-hdk/yamaguti-sisek-jinja.html それらの鎮守は今も毎年の祭礼を欠かさず実施し、社の維持管理にも名来の例の如く怠りない。そうした風土が今尚地区ごとの共同体意識を支えているのだろう。もちろん世代交代や地区内に建てられたる集合住宅に移住してくる新住民の比重の増大に伴い希薄化しつつあるのも現実だろう。それでも共同体(コミュニティ)を維持する上での村の鎮守の存在感は注目に値する。


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