北方謙三著「黒龍の棺(下)」2016年03月26日

 北方謙三著「黒龍の棺(下巻)」の完結編を読んだ。土方歳三という歴史上の人物の生き方を描きながら壮大な歴史物語を紡いだ作品だった。北方作品の底流に流れる「夢や志に殉じる男の生き方」への共感もさることながら、作者の独自の幕末史の解釈や創造による描き方に圧倒された。
 ①坂本龍馬暗殺説のひとつに西郷隆盛犯人説がある。作者はこの説に立って、竜馬の雄大な国家観が薩摩による新政府という構想の障害になることを恐れた西郷の暗殺指示を描いている。
 ②鳥羽伏見の局地戦で敗れただけですべてを放り出した臆病者という通説の徳川慶喜像が説得力のある展開で覆される。徳川最後の将軍を、内戦を回避するために勝てるかもしれない戦いを放棄し「不戦」を貫きながら蝦夷地での新国家づくりを志した英邁なリーダーとして描く。
 ③土方歳三は、戊辰戦争の最後の攻防・函館戦争の乱戦の中で銃撃されて死亡したとされる。作者はこの史実をも、新選組料理人という架空の人物を登場させ推理小説張りの展開でひっくり返す。
 どの作品を読んでも北方謙三歴史小説には共感し圧倒される。彼が過ごした学生時代の原体験や立ち位置に共通するものがあることもその背景にある。彼の歴史小説は中国史を描いた作品を除いて読み尽した。中国史を舞台とした作品に手を伸ばすか否か、逡巡している。