映画評「七つの贈り物」2009年03月06日

 大阪市大病院のPET検査の日だった。2年前の悪性黒色腫による右手親指切除手術の後、癌の転移を調べるため年1回この検査を受けている。1時間半程度の短時間で精度の高い全身の癌検査が可能だ。通常保険適用外で10万円程度必要だが、治療のための検査である私の場合、保険適用で2万円程度で済んでいる。「禍い転じて」の心境というべきか。
 11時過ぎに検査を終えた。16時から労働委員会の事件調査が入っているが、それまでのたっぷりある時間はもちろん映画しかない。事前リサーチした作品は「七つの贈り物」だ。病院近くのアポロシネマで上映中だった。まばらな観客の後方真ん中の絶好のシートに着席した。
 「七つの贈り物」は、観客に限りない想像力を迫る作品である。「自殺者がいる」と119番に告げる主人公。「自殺者は誰?」と訊ねられ「アイ アム(私だ)」と答える・・・。このインパクトのある冒頭シーンに始まり、相互に脈絡を欠いたシーンが次々と目まぐるしく展開する。時おり映される高速道路上の乗用車と大型ワゴンの衝突炎上事故の映像がフラッシュバックのように観客にインプットされる。各シーンごとにその意味を自ら考える他ない観客たち。早すぎるストーリー展開についていけない苛立ちすら覚える。あれよあれよと思いながらラストを迎える。頭脳に残されたバラバラのシーンがひとつの輪になって繋がる。
 ガブリエレ・ムッチーノ監督は、原作を思い切り自在に調理してこの作品を創りあげている。文字表現の原作と映像表現のこの作品には途方もない乖離がある。映像作家の凄腕が、原作では実現しようのない観客の想像力を存分に引き出している。この作品のテーマは幾通りもある。決めるのは観客だ。監督はそのような突き放した姿勢で作品に臨んでいるかにみえる。映画というメディアの持つ可能性をそう理解した時、この作品は見事にその役割を果たしている。素晴らしい成果を挙げている。
 それにしても主人公ベン・トーマスを演じたウイル・スミスという俳優の淡々とした抑制の利いた演技は印象的だった。はにかんだ少年のような笑顔がいつまでも心に沁みている。