藤沢周平著「闇の歯車」2012年07月16日

 藤沢周平著「闇の歯車」を再読した。藤沢作品としては久々の長編時代小説だった。市井物ではあるが、謎の人物が企てる押し込み強盗の計画と実行の顛末がテーマのサスペンス小説である。
 長編小説ながら短編の連作といってもよい巧みな構成となっている。謎の人物の押しこみ強盗計画に四人の人物が誘われる。四人は下町の赤提灯「おかめ」の常連であるが、自分の席で黙って飲むだけで互いに言葉を交わすこともない。無頼の若者、病妻を抱える浪人、やくざな旅帰りの親爺、商家の若旦那である。それぞれに屈折した事情を抱え黙々と飲む常連たちである。
 物語は、謎の人物が百両の分け前を餌に常連たちを個々に企てに誘うことから始る。常連たちの誘われるに十分な事情が次々に明かされる。その事情の展開それ自体が一編の物語でもある。実は彼らの共有する居場所「おかめ」もまた謎の人物の息のかかった店だった。「おかめ」で企ての打合せを終えていよいよ押しこみの決行となる。企ては成功するが思わぬ事態の突発で綻びが生じる。他方で企てに加わった仲間たちはそれぞれの抱える事情の暗転で分け前を得ることなく舞台から降りてしまう。首謀者である謎の人物も、最後に切れ者の奉行所同心の手で捕縛される。
 構成の巧みさ、登場人物たちの個性豊かな描かれ方、物語の展開の面白さなど、どれをとっても一級の作品である。藤沢周平という作家の優れた資質と強みが凝縮された作品といえる。