藤沢周平著「早春」2012年08月28日

 藤沢周平の晩年の短編作品を収録した文庫本「早春」を再読した。作者の唯一の現代小説「早春」と晩年の短編時代小説2作品、晩年の心境を写したかのようなエッセイ4本が収録されている。
 インパクトがあったのはやはり「早春」だった。もっともすぐれた時代小説作家である藤沢周平が現代小説を手がければどんな作品に仕上がるのかは、興味津津だった。結論から言えば、藤沢周平に現代小説は馴染まないといったところだろうか。
 病を得た妻の看護のために単身赴任の営業職から閑職の本社勤務となった初老のサラリーマンの物語である。ローンの残る建売り住宅に妻子持ちと交際中の娘と二人で暮らしている。唯一の愉しみは行きつけの和風スナックの中年のママと過ごすひと時である。
 こうしたシーンは時代小説「三屋清左衛門残実録」にでもそっくり出てきそうなシーンである。現役の一線を退いた初老の男の寂寥感はこの作品でも見事に描かれている。ただ「早春」では「残実録」の奥行きや余韻が伝わってこない。解説された寂寥感が切なく突き刺さるといった感じがある。現代と江戸時代という舞台設定の違いが醸し出す印象の違いなのだろう。それが「藤沢周平に現代小説は馴染まない」という感想をもたらしている。