ミュージカル劇団の活動に追われた ― 2014年03月01日
昨日、ほとんどをミュージカル劇団の活動で過ごした。朝から9時から開催の後援会役員会の資料準備に追われた。役員会は9時から12時半頃まで延々3時間半に及んだ。8月のミュージカル有間皇子物語公演に向けての態勢固めに議論が伯仲したためだ。
午後からは役員会と同じ会場で翌日に開催する新酒ミュージカルショーの準備が待っている。最寄りのコンビニで手当てしたおにぎりで昼食を済まし、会場設営にかかった。会場準備がほぼ完了した3時過ぎに帰宅した。午前中の役員会の議事録作成と、ミュージカルショーの参加者リストの作成をやっておかなければならない。翌日は朝から夜遅くまでミュージカルショーにかかりきりになる。
8月末まで多くの時間をこの活動に費やすことになる。素人集団の創作ミュージカル初演という大それたプロジェクトである。まだまだ予断は許さないが、何としてもやりきるしかない。
午後からは役員会と同じ会場で翌日に開催する新酒ミュージカルショーの準備が待っている。最寄りのコンビニで手当てしたおにぎりで昼食を済まし、会場設営にかかった。会場準備がほぼ完了した3時過ぎに帰宅した。午前中の役員会の議事録作成と、ミュージカルショーの参加者リストの作成をやっておかなければならない。翌日は朝から夜遅くまでミュージカルショーにかかりきりになる。
8月末まで多くの時間をこの活動に費やすことになる。素人集団の創作ミュージカル初演という大それたプロジェクトである。まだまだ予断は許さないが、何としてもやりきるしかない。
灘の新酒で愉しむミュージカルショー ― 2014年03月02日
昨日、市民ミュージカル劇団『希望』とその後援会主催のイベント「灘の新酒で愉しむミュージカルショー」のスタッフとして朝10時から夜10時までの丸一日を過ごした。昨年8月開催の「ビア・フェスタin山口」、12月開催の「ハロークリスマスin山口」に続く食事バイキング付ライブミュージックショーの第3弾である。今年8月末公演の「創作ミュージカル・有間皇子物語」の上演資金カンパイベントである。
3回目の今回の有料入場者数は、前々回の93名、前回の91名には及ばなかったものの90名を数え、劇団によるこのスタイルの公演が山口の町に定着したことを窺わせた。
いよいよ本番である。小雨模様ながら出足も順調だった。昼の部、夕方の部ともに48名の皆さんに入場頂き、満席状態だった。夕方の部のゲスト席には、北六甲台在住の元宝塚歌劇団の萬あきらさんや、地域情報誌「ともも」の武地代表など6名の方をお迎えした。
公演が始まった。劇団員女性による司会も3回目とあって快調そのものである。観客の皆さんには、今回のテーマでもある灘の新酒を始めビール、ワイン、焼酎、ソフトドリンクなどの飲物や、劇団女性陣手作りの豊富なバイキング料理が提供され、しばし会食して頂いた。ちなみに今回の灘の新酒は、北山酒造さんから「島美人」を、木谷酒造さんから「宮っ子」を提供して頂いた。
夕方の部では開演直後に、鏡割りと振舞い酒が行われた。有間皇子公演を成功させる会の太田顧問、髙井劇団代表、後援会副会長に加えて小学生と中学生の二人の女性劇団員が鏡割りの木槌を振った。
第1部のショータイムが始まった。劇団JMA所属の3人の女優陣がドレス姿で登場した。昭和歌謡メドレーやミュージカル「じろはったん」「ヒボコ」の挿入曲など11曲がハイレベルな歌とダンスで演じられた。ショータイムの合間には今回も灘の新酒を始め様々なバザー商品が紹介され、多くの皆さんにお買い上げ頂いた。
第2部のショータイムが始まった。袴姿の二人の男性劇団員が登場し黒田節の日舞を舞った。続いて華やかな着物姿の三人の女性劇団員が民謡「おてもやん」をひょうきんな振付で披露した。日舞のトリは彼らのお師匠さんお二人の見事な舞だった。藤間流師範の藤間豊宏さんと藤間豊冨久さんで宝塚歌劇団の日本舞踊の講師でもある。日舞の素養も知識もない素人だが、お二人の息の合った艶やかで華麗な舞に息を呑んで見つめていた。
続いて山口雅楽の会の登場である。代表者は我が後援会の役員でもある。夕方の部では若い女性二人も入った6人のメンバーで笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、竜笛(りゅうてき)、琵琶で、越天楽と黒田節の雅楽を演奏してもらった。7年来の友人でもある代表の軽妙なトークの解説に新たな一面を垣間見た。
第2部のトリは劇団『希望』の団員たちによる有間皇子物語のハイライトシーンの披露である。「山口の里」「うわさ」「対立」の3曲を揃いの古代衣装を身にまとって歌って踊った。週1回の練習に加えて地域のイベント等で何度も出演し披露し場数を踏んできた曲目でもある。観るたびに表情が豊かになり踊りに切れが出て息も合ってきている。最後に後援会代表による観客へのお礼の挨拶で閉演した。
後片付けを済ませて団員と出演者、後援会役員の約30名で打上げを行った。冒頭、乾杯の挨拶を指名され「90名もの観客数がこの町でのこのイベントの定着を物語っている」「プロのミュージカルショー、日舞、雅楽演奏、劇団員の有間皇子ハイライトと、かってないバラエティーに富んだ企画が奏功した」「このイベントでの劇団員たちの役割分担と頑張り」等の素晴らしさを述べた。8月末の本番公演に向けた確かな手応えを実感させられたイベントが無事終了した。
3回目の今回の有料入場者数は、前々回の93名、前回の91名には及ばなかったものの90名を数え、劇団によるこのスタイルの公演が山口の町に定着したことを窺わせた。
いよいよ本番である。小雨模様ながら出足も順調だった。昼の部、夕方の部ともに48名の皆さんに入場頂き、満席状態だった。夕方の部のゲスト席には、北六甲台在住の元宝塚歌劇団の萬あきらさんや、地域情報誌「ともも」の武地代表など6名の方をお迎えした。
公演が始まった。劇団員女性による司会も3回目とあって快調そのものである。観客の皆さんには、今回のテーマでもある灘の新酒を始めビール、ワイン、焼酎、ソフトドリンクなどの飲物や、劇団女性陣手作りの豊富なバイキング料理が提供され、しばし会食して頂いた。ちなみに今回の灘の新酒は、北山酒造さんから「島美人」を、木谷酒造さんから「宮っ子」を提供して頂いた。
夕方の部では開演直後に、鏡割りと振舞い酒が行われた。有間皇子公演を成功させる会の太田顧問、髙井劇団代表、後援会副会長に加えて小学生と中学生の二人の女性劇団員が鏡割りの木槌を振った。
第1部のショータイムが始まった。劇団JMA所属の3人の女優陣がドレス姿で登場した。昭和歌謡メドレーやミュージカル「じろはったん」「ヒボコ」の挿入曲など11曲がハイレベルな歌とダンスで演じられた。ショータイムの合間には今回も灘の新酒を始め様々なバザー商品が紹介され、多くの皆さんにお買い上げ頂いた。
第2部のショータイムが始まった。袴姿の二人の男性劇団員が登場し黒田節の日舞を舞った。続いて華やかな着物姿の三人の女性劇団員が民謡「おてもやん」をひょうきんな振付で披露した。日舞のトリは彼らのお師匠さんお二人の見事な舞だった。藤間流師範の藤間豊宏さんと藤間豊冨久さんで宝塚歌劇団の日本舞踊の講師でもある。日舞の素養も知識もない素人だが、お二人の息の合った艶やかで華麗な舞に息を呑んで見つめていた。
続いて山口雅楽の会の登場である。代表者は我が後援会の役員でもある。夕方の部では若い女性二人も入った6人のメンバーで笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、竜笛(りゅうてき)、琵琶で、越天楽と黒田節の雅楽を演奏してもらった。7年来の友人でもある代表の軽妙なトークの解説に新たな一面を垣間見た。
第2部のトリは劇団『希望』の団員たちによる有間皇子物語のハイライトシーンの披露である。「山口の里」「うわさ」「対立」の3曲を揃いの古代衣装を身にまとって歌って踊った。週1回の練習に加えて地域のイベント等で何度も出演し披露し場数を踏んできた曲目でもある。観るたびに表情が豊かになり踊りに切れが出て息も合ってきている。最後に後援会代表による観客へのお礼の挨拶で閉演した。
後片付けを済ませて団員と出演者、後援会役員の約30名で打上げを行った。冒頭、乾杯の挨拶を指名され「90名もの観客数がこの町でのこのイベントの定着を物語っている」「プロのミュージカルショー、日舞、雅楽演奏、劇団員の有間皇子ハイライトと、かってないバラエティーに富んだ企画が奏功した」「このイベントでの劇団員たちの役割分担と頑張り」等の素晴らしさを述べた。8月末の本番公演に向けた確かな手応えを実感させられたイベントが無事終了した。
里山の鶯 ― 2014年03月03日
ジジババ暮らしの雛祭り・アゲイン ― 2014年03月04日
今年も雛祭りがやってきた。娘が成人し嫁いだ後も当然ながら雛祭りはやってくる。遠い昔、娘が幼かった頃、客間の床に毎年鄙飾りを飾ったものだ。鄙飾りが押入れの奥にしまい込まれて久しい。毎年同じことを考えていると思った。ブログを遡るとやっぱり去年も「ジジババ暮らしの雛祭り」と題して記事にしている。http://ahidaka.asablo.jp/blog/2013/03/04/ 今年はやめようかと思ったが、書き始めたんだからとやっぱり記事にした。題して「ジジババ暮らしの雛祭り・アゲイン」である。何とも姑息な記事である。
去年の夕食の雛祭りバージョンはちらし寿司だった。我が家の料理人は、毎年同じでは芸がないとでも思ったのだろうか。今年は押し寿司だった。昨日の夕方、炊飯器がご飯が炊きあがったとブザーで知らせた。家内は相変わらずご近所タイムで留守である。健気な亭主はすぐに炊飯器の蓋を開け、炊きあがったご飯を混ぜた。いつものご飯を大幅に上回る量だった。料理人の意図を察知した。夕食と翌日の朝食、昼食をこれで一括して賄ってしまおうという魂胆である。
帰宅して調理にかかった家内からお呼びがかかった。私のリクエストである押し寿司のご飯にゆかりを混ぜよとの指示である。そそくさと大きなボールのご飯にゆかりを混ぜて作業をこなした。
昨晩撮り忘れた押し寿司の画像をこのブログ用に先ほど撮った。錦糸卵と三つ葉を挟んだご飯の上に焼き鮭かタラコが乗っかている。今後の三食は同じメニューながら、好物メニューでもあり、良しとしよう。
来年もまた「ジジババ暮らしの雛祭り」を記事にするのだろうか。
去年の夕食の雛祭りバージョンはちらし寿司だった。我が家の料理人は、毎年同じでは芸がないとでも思ったのだろうか。今年は押し寿司だった。昨日の夕方、炊飯器がご飯が炊きあがったとブザーで知らせた。家内は相変わらずご近所タイムで留守である。健気な亭主はすぐに炊飯器の蓋を開け、炊きあがったご飯を混ぜた。いつものご飯を大幅に上回る量だった。料理人の意図を察知した。夕食と翌日の朝食、昼食をこれで一括して賄ってしまおうという魂胆である。
帰宅して調理にかかった家内からお呼びがかかった。私のリクエストである押し寿司のご飯にゆかりを混ぜよとの指示である。そそくさと大きなボールのご飯にゆかりを混ぜて作業をこなした。
昨晩撮り忘れた押し寿司の画像をこのブログ用に先ほど撮った。錦糸卵と三つ葉を挟んだご飯の上に焼き鮭かタラコが乗っかている。今後の三食は同じメニューながら、好物メニューでもあり、良しとしよう。
来年もまた「ジジババ暮らしの雛祭り」を記事にするのだろうか。
狼の群れに迷い込んだ子羊 ― 2014年03月05日
今日、朝10時から12時まで地区ボランティアセンターのボランティアコーディネーター会議に出席した。昨年11月と今年2月の7回に渡る市社協主催のボランティアコーディネーター養成講座を修了して初めてボランティアコーディネーターの資格がある。その資格を得て初めてこの会議に出席できるというわけで、今回晴れて出席の運びとなった。
これまでこの会議の性格がよく分からなかった。初めて参加してみてその輪郭が把握できた。即ち、社協分区の事業部門の一つであるボランティアセンターの運営会議であり、ボランティアの提供を必要とする相談者と活動の提供者との調整会議でもあるようだ。
ボランティアセンターのある自治会所有の安心プラザ2階会議室が会場である。給湯室も隣接し、長テーブル5台が設置され10数名の会議も可能な広さである。ノートパソコンや印刷・FAX・コピーの複合機も設置され、インターネットの接続環境も整っている。養成講座で他の分区のボランティアセンターの狭さや不自由さを聞いていただけに我が分区の環境は恵まれていると言える。
14名のコーディネーターが出席した。私以外は全員ご婦人方である。コーディネーターを引き受けようという面々だけに経験も豊富で強者ぞろいである。出口横の席に着席し、新人の挨拶を促された。「狼の群れに迷い込んだ子羊みたいなもんです。できればこの席を定位置としていつでも脱出できるようにしたい」とギャグった。
週2回の開設日の当番の確認、市社協の会議や研修要請の分担、地区社協主催イベントの役割分担、ボランティア要望の相談事例の対応協議等についてちょうど2時間かけて検討された。
ビジネス社会の会議に親しんだ身にはいくつかの違和感あった。会議自体にレジュメはなく事前に全体像が掴めない。事前の配布資料はなく必要に応じてその場でコピーして配られるケースもある。議論はともすれば脱線しがちで、隣どうしのおしゃべり場と化す場合もアリのようにもみえる。いかにも主婦たちの井戸端会議の雰囲気である。とはいえビジネス社会の会議でなくボランティア組織の懇談の場なのだ。それはそれでメンバーの納得性があれば問題ないのかもしれない。私の個人的感想はどこまでも黒一点の少数派である。そんな想いを抱きながら、進行役の終了の言葉を待って、真っ先に戦線を離脱した。
これまでこの会議の性格がよく分からなかった。初めて参加してみてその輪郭が把握できた。即ち、社協分区の事業部門の一つであるボランティアセンターの運営会議であり、ボランティアの提供を必要とする相談者と活動の提供者との調整会議でもあるようだ。
ボランティアセンターのある自治会所有の安心プラザ2階会議室が会場である。給湯室も隣接し、長テーブル5台が設置され10数名の会議も可能な広さである。ノートパソコンや印刷・FAX・コピーの複合機も設置され、インターネットの接続環境も整っている。養成講座で他の分区のボランティアセンターの狭さや不自由さを聞いていただけに我が分区の環境は恵まれていると言える。
14名のコーディネーターが出席した。私以外は全員ご婦人方である。コーディネーターを引き受けようという面々だけに経験も豊富で強者ぞろいである。出口横の席に着席し、新人の挨拶を促された。「狼の群れに迷い込んだ子羊みたいなもんです。できればこの席を定位置としていつでも脱出できるようにしたい」とギャグった。
週2回の開設日の当番の確認、市社協の会議や研修要請の分担、地区社協主催イベントの役割分担、ボランティア要望の相談事例の対応協議等についてちょうど2時間かけて検討された。
ビジネス社会の会議に親しんだ身にはいくつかの違和感あった。会議自体にレジュメはなく事前に全体像が掴めない。事前の配布資料はなく必要に応じてその場でコピーして配られるケースもある。議論はともすれば脱線しがちで、隣どうしのおしゃべり場と化す場合もアリのようにもみえる。いかにも主婦たちの井戸端会議の雰囲気である。とはいえビジネス社会の会議でなくボランティア組織の懇談の場なのだ。それはそれでメンバーの納得性があれば問題ないのかもしれない。私の個人的感想はどこまでも黒一点の少数派である。そんな想いを抱きながら、進行役の終了の言葉を待って、真っ先に戦線を離脱した。
寒の戻りと三月の雪 ― 2014年03月06日
起床してリビングに降りて雨戸を開けた。飛び込んできたのは白いベールに覆われた庭だった。三月に入り6日目である。この時期の雪に驚きを隠せない。テレビのニュースが日本列島に訪れた「寒の戻り」を告げていた。
6時半頃に散策に出かけた。時おり目の前を粉雪が舞っていた。凍結していた住宅街の路面が、朝日を浴びて溶けかけていた。滑りそうな足元を庇いながらそっと歩いた。
有馬川の土手道にうっすらと雪が刷いていた。澄み切った青空が清々しい透明感をかもしていた。冠雪の白い岸辺に腕を伸ばしているさくらの枝が、ひと際鮮やかに目に映った。枝先にはしっかりと蕾が息吹いていた。蕾の風情に三月の雪に立ち向かっている健気さを感じた。
6時半頃に散策に出かけた。時おり目の前を粉雪が舞っていた。凍結していた住宅街の路面が、朝日を浴びて溶けかけていた。滑りそうな足元を庇いながらそっと歩いた。
有馬川の土手道にうっすらと雪が刷いていた。澄み切った青空が清々しい透明感をかもしていた。冠雪の白い岸辺に腕を伸ばしているさくらの枝が、ひと際鮮やかに目に映った。枝先にはしっかりと蕾が息吹いていた。蕾の風情に三月の雪に立ち向かっている健気さを感じた。
周平と謙三 ― 2014年03月07日
北方謙三に嵌っている。ここのところ彼の著作の文庫本6冊ばかりを読み、今も読み継いでいる。いずれも南北朝時代を舞台に男の夢をテーマとした物語である。どちらかと言えば現役時代に読み耽った司馬遼太郎や堺屋太一の歴史小説の系譜に属する作品である。
定年前後の頃からは藤沢周平の時代小説に夢中になり、ほぼ読み尽した。藤沢作品の醸し出す穏やかさ、優しさ、人情の襞に浸りながら、もう司馬遼太郎の世界に戻ることはないだろうと思っていた。それは穏やかで人情の襞に包まれた老後スタイルへの憧憬の裏返しだった。事実、リタイヤ直後の日常生活は平穏で平坦なものだった。
リタイヤ生活も5年目を迎えている。リタイヤ直後の平穏な生活にさざ波が寄せてきた。定年直前から就任した労働委員会労働者委員の役回りが、労働現場の苛酷な現実を運んできた。その役回りは経験を積むにつれ自分自身の志やポリシーを問い直させるものとなった。同じ頃に就任した民生委員の役回りは、その後の地域活動での多様な役割分担を運んできた。そして今、地域の高齢化問題の抜本的な環境整備というテーマに直面している。老後の楽しみとして始めたHP山口風土記は、公民館講座の講師役をもたらし、山口ホール運営委員の役回りを招いた。そのことがミュージカル劇団設立の発起人に名を連ねさせ、今や有間皇子物語公演の後援会側の統括者の役回りにまで及んでいる。
北方謙三作品の夢を語り夢を追うストーリーは、平穏では済まなくなった自分の老後生活での志の達成を鼓舞してくれている。労働者委員の任期を終えたものの、地域の高齢化の対応と有間皇子物語公演は正念場を迎えている。今必要なのは周平氏の穏やかさよりも、謙三氏の夢を追う男の苛烈さなのだろう。自身の環境と心境が作品を選ばせている。
定年前後の頃からは藤沢周平の時代小説に夢中になり、ほぼ読み尽した。藤沢作品の醸し出す穏やかさ、優しさ、人情の襞に浸りながら、もう司馬遼太郎の世界に戻ることはないだろうと思っていた。それは穏やかで人情の襞に包まれた老後スタイルへの憧憬の裏返しだった。事実、リタイヤ直後の日常生活は平穏で平坦なものだった。
リタイヤ生活も5年目を迎えている。リタイヤ直後の平穏な生活にさざ波が寄せてきた。定年直前から就任した労働委員会労働者委員の役回りが、労働現場の苛酷な現実を運んできた。その役回りは経験を積むにつれ自分自身の志やポリシーを問い直させるものとなった。同じ頃に就任した民生委員の役回りは、その後の地域活動での多様な役割分担を運んできた。そして今、地域の高齢化問題の抜本的な環境整備というテーマに直面している。老後の楽しみとして始めたHP山口風土記は、公民館講座の講師役をもたらし、山口ホール運営委員の役回りを招いた。そのことがミュージカル劇団設立の発起人に名を連ねさせ、今や有間皇子物語公演の後援会側の統括者の役回りにまで及んでいる。
北方謙三作品の夢を語り夢を追うストーリーは、平穏では済まなくなった自分の老後生活での志の達成を鼓舞してくれている。労働者委員の任期を終えたものの、地域の高齢化の対応と有間皇子物語公演は正念場を迎えている。今必要なのは周平氏の穏やかさよりも、謙三氏の夢を追う男の苛烈さなのだろう。自身の環境と心境が作品を選ばせている。
名塩探史会 ― 2014年03月08日
リタイヤ後のライフワークである山口風土記の次の展開が固まった。地元山口の風土記はほぼ語りつくした感がある。そんなことから昨年は山口町を含む旧有馬郡に視点を拡げた。昨年秋の山口公民館講座でのテーマは「有馬郡物語」だった。今年秋のテーマを担当の推進員さんと打合せ、隣町の名塩を取り上げることになった。そこで名塩の風土記関連の資料集めにかかっていた。
そんな時、新聞に名塩の郷土史研究グループ「名塩探史会」が発刊した「名塩雑事記」という書籍が紹介された。名塩風土記執筆に格好の資料である。早速、記事に案内のあった申込み方法で注文(送料込み900円)し受け取った。
名塩雑事記によれば、探史会は1969年設立で45年もの歴史をもった会である。郷土史の学習・研究と資料収集が主な活動のようだ。巻末には雑事記の編集員21名の名簿が記載されている。雑事記以前にも既に、その研究成果を「名塩の方言つづり」「なじおの年中行事」「名塩歴史散歩」など3冊の書籍として発刊されている。なかなかたいした郷土史グループである。
山口町には名来地区に歴史研究会があるものの山口町全体の郷土史研究グループはない。郷土史に造詣の深い何人かの長老の方々とお付合いがある。郷土の歴史や風土についての茶話会的な場があれば・・・という話題も出るが具体化には至らない。名塩探史会の運営の様子なども知りたいものだ。今秋開講の名塩風土記の公民館講座では名塩の史跡を中心に屋外散策も予定している。探史会の皆さんからのガイダンスや案内もお願いできないだろうか。
今日、そんな想いで会長宅に電話をし、趣旨を告げて訪問させてもらいたい旨を告げた。「それなら3日後の定例会の議事終了後に来訪してもらえればよい」とのことだった。風土記探訪の新たな一歩を踏み出した。
そんな時、新聞に名塩の郷土史研究グループ「名塩探史会」が発刊した「名塩雑事記」という書籍が紹介された。名塩風土記執筆に格好の資料である。早速、記事に案内のあった申込み方法で注文(送料込み900円)し受け取った。
名塩雑事記によれば、探史会は1969年設立で45年もの歴史をもった会である。郷土史の学習・研究と資料収集が主な活動のようだ。巻末には雑事記の編集員21名の名簿が記載されている。雑事記以前にも既に、その研究成果を「名塩の方言つづり」「なじおの年中行事」「名塩歴史散歩」など3冊の書籍として発刊されている。なかなかたいした郷土史グループである。
山口町には名来地区に歴史研究会があるものの山口町全体の郷土史研究グループはない。郷土史に造詣の深い何人かの長老の方々とお付合いがある。郷土の歴史や風土についての茶話会的な場があれば・・・という話題も出るが具体化には至らない。名塩探史会の運営の様子なども知りたいものだ。今秋開講の名塩風土記の公民館講座では名塩の史跡を中心に屋外散策も予定している。探史会の皆さんからのガイダンスや案内もお願いできないだろうか。
今日、そんな想いで会長宅に電話をし、趣旨を告げて訪問させてもらいたい旨を告げた。「それなら3日後の定例会の議事終了後に来訪してもらえればよい」とのことだった。風土記探訪の新たな一歩を踏み出した。
こってりラーメン・ほうれんそうのバル参加 ― 2014年03月09日
昨日の夕方、外出から帰宅した家内が声を掛けた。「晩ご飯、ラーメンにしようか」。遅くなった帰宅で夕食の支度が面倒になったに違いない。折しも「西宮バル」の最終日だった。先日、ポスティングされていたパンフレットの名来地区のバル参加のラーメン店情報も念頭にあったようだ。
くだんの店は老舗ラーメン店・ほうれんそうで、濃厚なスープが病みつきになる知る人ぞ知る店である。ここ数年味わっていなかったので即座に同意した。正直言うと「バル=5百円」の思い込みがあったのも事実だった。
夕方5時前の店内では何組かの客がラーメンをすすっていた。その後次々と来店客があり、人気店であることを思い知らされた。バルメニューは「ラーメン&餃子」である。持参したバルパンフレットを示しながら注文した。ここであらためてこの店のバルメニューの価格が千円であることに気がついた。バルメニューにはワンコインとツーコインがあったのだ。あらためて店内メニューをみるとラーメン700円、餃子350円だからお一人50円引きのバル価格ということになる。
こってりラーメンはさすがに美味しかった。ドロっとしたの濃厚スープと麺がよく絡まりコクのある味わいを醸している。餃子もまたこの店のウリなのだろう。口に入れた途端アツアツのジューシーな具材が舌をホクホクさせる。よく焼けた皮のパリパリ感と良く効いたにんにく味が深みのある味をつくっている。
バルメニューは足が遠のいた顧客に来店を促す効果をもたらしている。
くだんの店は老舗ラーメン店・ほうれんそうで、濃厚なスープが病みつきになる知る人ぞ知る店である。ここ数年味わっていなかったので即座に同意した。正直言うと「バル=5百円」の思い込みがあったのも事実だった。
夕方5時前の店内では何組かの客がラーメンをすすっていた。その後次々と来店客があり、人気店であることを思い知らされた。バルメニューは「ラーメン&餃子」である。持参したバルパンフレットを示しながら注文した。ここであらためてこの店のバルメニューの価格が千円であることに気がついた。バルメニューにはワンコインとツーコインがあったのだ。あらためて店内メニューをみるとラーメン700円、餃子350円だからお一人50円引きのバル価格ということになる。
こってりラーメンはさすがに美味しかった。ドロっとしたの濃厚スープと麺がよく絡まりコクのある味わいを醸している。餃子もまたこの店のウリなのだろう。口に入れた途端アツアツのジューシーな具材が舌をホクホクさせる。よく焼けた皮のパリパリ感と良く効いたにんにく味が深みのある味をつくっている。
バルメニューは足が遠のいた顧客に来店を促す効果をもたらしている。
久々のジョン・コルトレーン ― 2014年03月10日
昨日、ネット注文していたマルチ・オーディオ・システムMA-17CDが届いた。レコード、ラジオ、カセットテープ、CD、SDカード、USBメモリの再生、録音が可能なオールインワンのメディアプレーヤーである。宅急便で届けられた1個口のパッケージを手にした時、その軽さに驚いた。梱包を解いて現れた現物は予想以上に小ぶりである。縦横30cm程度で高さも20cmほどのサイズだった。
番組出演したさくらFMの放送を録画しようと思ったが、我が家にその環境がないことに気づいた。30年以上前に購入した高機能のステレオセットにはラジオも聴けてカセットテープに録音もできたが、何せ年代物で2年前の我が家の内装工事を機に廃棄処分した。以来、もっぱら外部情報はテレビとパソコンで済ませてきた。今や音声の再生・録画もCD、SDカード、USBメモリなど新たなメディアが主流である。 そんな事情で、こうしたメディアも活用できるマルチプレーヤーを探していた。最近商品を購入した筆まめダイレクトから届いたのがMA-17CDだった。なんと価格は9660円と激安である。価格.comの最安値が13650円だからその安さは群を抜いていた。
早速、ラジオ、カセットテープ、CDを試聴してみた。再生は問題ない。録画は別途試してみることにして、レコード再生を試した。2階のクロ-クの奥に仕舞い込まれていたLPレコードを引っ張り出した。学生時代によく聴いたジャズのジャケット数枚である。とりわけ好きだったジョン・コルトレーンのナンバーを久々に聴くのが愉しみだった。アームを動かすとターンテーブルの回転が始まる。リフトレバーの操作でレコード盤に針がゆっくり降りた。
マッコイ・ターナーの軽快なピアノ演奏にコルトレーンのアルトサックスが割って入る。マイ・フェイバリット・シングスの調べである。高レベルの音質は望むべくもないが、キャビネット左右のスピーカーから流れる音響はステレオ効果を発揮している。
久々のコルトレーンを愉しんだ。
番組出演したさくらFMの放送を録画しようと思ったが、我が家にその環境がないことに気づいた。30年以上前に購入した高機能のステレオセットにはラジオも聴けてカセットテープに録音もできたが、何せ年代物で2年前の我が家の内装工事を機に廃棄処分した。以来、もっぱら外部情報はテレビとパソコンで済ませてきた。今や音声の再生・録画もCD、SDカード、USBメモリなど新たなメディアが主流である。 そんな事情で、こうしたメディアも活用できるマルチプレーヤーを探していた。最近商品を購入した筆まめダイレクトから届いたのがMA-17CDだった。なんと価格は9660円と激安である。価格.comの最安値が13650円だからその安さは群を抜いていた。
早速、ラジオ、カセットテープ、CDを試聴してみた。再生は問題ない。録画は別途試してみることにして、レコード再生を試した。2階のクロ-クの奥に仕舞い込まれていたLPレコードを引っ張り出した。学生時代によく聴いたジャズのジャケット数枚である。とりわけ好きだったジョン・コルトレーンのナンバーを久々に聴くのが愉しみだった。アームを動かすとターンテーブルの回転が始まる。リフトレバーの操作でレコード盤に針がゆっくり降りた。
マッコイ・ターナーの軽快なピアノ演奏にコルトレーンのアルトサックスが割って入る。マイ・フェイバリット・シングスの調べである。高レベルの音質は望むべくもないが、キャビネット左右のスピーカーから流れる音響はステレオ効果を発揮している。
久々のコルトレーンを愉しんだ。







最近のコメント