五木寛之著「蒼ざめた馬を見よ」2009年06月18日

 五木寛之著「蒼ざめた馬を見よ」を読んだ。直木賞を受賞した表題作と著者の初期作品全5篇を収めた文庫本である。 
 五木作品のタイトルの妙にはいつも感心させられる。「蒼ざめた馬を見よ」などタイトルだけで読んでみたいという気にかられる。何かしら胸騒ぎを覚えてしまうのだ。この言葉は作品の冒頭近くに登場する。「われ蒼ざめたる馬を見たり。その馬にまたがれる者の名を死と言う。冥府その後にしたがえたり。(中略)私たちは、人間が見てはならない蒼ざめた馬を見てしまった世代なのだ。それは数限りない死の影です。革命、内乱、戦争、建設、粛清、反動・・・ロシアが体験したこの半世紀は、人類の苦難と栄光の歴史の縮図です」。
 この作品のテーマと背景を見事にあらわした一文である。私たちの世代なら想像可能な当時のロシア世界を引きずり出している。読者はソ連の文学界がギリギリのところで描くことをやめた「歴史の暗い真実」を描いた老作家の苦悩に付き合わされる。史上最初の社会主義・ソ連の栄光と影を思い遣る。ところが作者はそんな読者の気分を打ちのめすようにどんでん返しの結末をもって読者に報いる。それが直木賞受賞たるゆえんなのかもしれない。ただ個人的にはそれは「煮え湯を呑まされた」感が拭えない。
 むしろ文庫本20頁ほどの短編「赤い広場の女」が良かった。発展途上のソ連の心臓部であるモスクワを舞台にそのエネルギッシュな風景をバックに重い過去を引きずった男と女の出会いの物語である。軽妙なストーリー展開とともにその結末を導く「鮮やかな物語」が秀逸である。「リューバのように帰って行く過去も持たず、潮見のように賭けるべき明日も信じないおれは、いったいどこへ行くのだろう」という主人公の呟きが心に沁みる。