三田の大舟山と大舟寺めぐり ― 2009年06月09日
ご近所のご夫婦と私たち夫婦四人で三田市北東の波豆川にある大舟山に登った。朝9時に自宅を出て麓の三田アスレチックの駐車場に着いたのは9時45分だった。
登山コース案内板には山頂まで1.7kmとある。今は廃業したアスレチックの施設や遊戯具の真中を抜ける舗装路がスタート直後の登山道だ。比較的平坦な山道が続き、まもなく右手に西国三十三所霊場がある。小さな祠と十数体の石仏が並んでいる。山道を20分ほど登ると「十倉と波豆川の峠」を示す案内板があった。しばらく休憩し、「大舟山頂870m」の看板に従って峠道を直角に左折する登山道に向う。徐々にきつくなる山道を更に20分ばかり登った所に分岐点がある。ちょっとした休憩地になっており、丸太を立てた椅子と記帳ノートの入った箱が設置されている。登ってきたコースに向き合って立つ標識には左方向に「大舟寺跡130m」、右方向に「大船山頂350m」と記されている。休憩しているという女性陣を残し、男二人が大舟寺跡を目指した。廃れつつある道を5分ばかり行くとそれらしき平地に出た。「舟寺跡」の案内看板があった。これによると1400年前に百済の僧がこの山で修行の末、舟寺を創立、その後来山した空海により大舟寺と寺号を自然石に彫り、七堂伽藍が建てられた。1499年に堂宇の維持が困難になり現在の地に移されたという。分岐点に戻り山頂を目指す。ガイドブックには5分の道のりとあったがトンデモナイ。最後の登山道はことのほか険しい。木々にめぐらされたロープで支えられながら息絶え絶えに山頂に向う。「夜明け前の闇が最も深い」という言葉が浮ぶ。
分岐点から25分後の11時にようやく山頂に立った。正面には神々の降臨の斉庭跡とされる石を組んだ「磐境(いわさか)」があり、案内看板が立っている。尖ったような山容の山頂は自ずと狭い。とはいえ標高653.1mの近隣の山々を見下ろす高さからの展望は圧巻だった。木々に囲まれた東側を除き雄大なパノラマが広がっている。山頂片隅に個人名、72才の年齢、年月表に日付と思われる数字を書いた板が立っていた。最後の日付の平成21年12月2日以降の記載はない。故人となった縁者の登山記録を記念して立てたものだろう。70歳を越えて月4回ペースでこの険しい山を踏破したことが窺える。故人の凄さを記念せずにはおれなかった縁者の想いが伝わった。男性二人は恒例の缶ビールがもたらす至福の時を過ごす。三木からやってきたという中年ご夫婦が合流した。相互に記念写真を撮り合う。持参のおにぎりや玉子焼きで腹ごしらえを済ませ12時過ぎに下山する。
休み休みで1時間15分かかった登山路を50分程度で下山した。駐車場から南に向う一本道の東側山裾に見事な茅葺き屋根の一軒家があった。下車して近くまで行き画像に収めた。近くの畦道では同伴のご近所の奥さんが目ざとくわらびを見つけ急遽山菜採りが始まっている。一緒になって愉しんだ。一本道から北東に入った先に大舟寺があった。
山門下の駐車場に車を停めて参拝する。山門をくぐった先の緩やかな石段上の右側に見事な大木が大きな枝を広げている。傍の案内板には樹齢3百年以上の県指定天然記念物「大舟寺のカヤ」とある。境内の左右に茅葺き屋根の建物がある。左手の庫裏と右手の鐘楼である。正面石段上には独特の形をした甍の屋根をもつ本堂がある。その手前には苔むしたいくつもの石碑や墓石が並んでいる。本堂前で参拝を済ませ、裏手の墓地を見て回る。振り返ると本堂の屋根越しに登頂したばかりの大舟山の雄姿が覗いている。大舟山と大舟寺の絶好の組み合わせ図を切り取った。
自宅に戻ったのは2時半だった。山登りだけでなく、古民家探訪や山菜採り、山ゆかりの古刹参拝と盛りだくさんの愉しさを満喫した。
登山コース案内板には山頂まで1.7kmとある。今は廃業したアスレチックの施設や遊戯具の真中を抜ける舗装路がスタート直後の登山道だ。比較的平坦な山道が続き、まもなく右手に西国三十三所霊場がある。小さな祠と十数体の石仏が並んでいる。山道を20分ほど登ると「十倉と波豆川の峠」を示す案内板があった。しばらく休憩し、「大舟山頂870m」の看板に従って峠道を直角に左折する登山道に向う。徐々にきつくなる山道を更に20分ばかり登った所に分岐点がある。ちょっとした休憩地になっており、丸太を立てた椅子と記帳ノートの入った箱が設置されている。登ってきたコースに向き合って立つ標識には左方向に「大舟寺跡130m」、右方向に「大船山頂350m」と記されている。休憩しているという女性陣を残し、男二人が大舟寺跡を目指した。廃れつつある道を5分ばかり行くとそれらしき平地に出た。「舟寺跡」の案内看板があった。これによると1400年前に百済の僧がこの山で修行の末、舟寺を創立、その後来山した空海により大舟寺と寺号を自然石に彫り、七堂伽藍が建てられた。1499年に堂宇の維持が困難になり現在の地に移されたという。分岐点に戻り山頂を目指す。ガイドブックには5分の道のりとあったがトンデモナイ。最後の登山道はことのほか険しい。木々にめぐらされたロープで支えられながら息絶え絶えに山頂に向う。「夜明け前の闇が最も深い」という言葉が浮ぶ。
分岐点から25分後の11時にようやく山頂に立った。正面には神々の降臨の斉庭跡とされる石を組んだ「磐境(いわさか)」があり、案内看板が立っている。尖ったような山容の山頂は自ずと狭い。とはいえ標高653.1mの近隣の山々を見下ろす高さからの展望は圧巻だった。木々に囲まれた東側を除き雄大なパノラマが広がっている。山頂片隅に個人名、72才の年齢、年月表に日付と思われる数字を書いた板が立っていた。最後の日付の平成21年12月2日以降の記載はない。故人となった縁者の登山記録を記念して立てたものだろう。70歳を越えて月4回ペースでこの険しい山を踏破したことが窺える。故人の凄さを記念せずにはおれなかった縁者の想いが伝わった。男性二人は恒例の缶ビールがもたらす至福の時を過ごす。三木からやってきたという中年ご夫婦が合流した。相互に記念写真を撮り合う。持参のおにぎりや玉子焼きで腹ごしらえを済ませ12時過ぎに下山する。
休み休みで1時間15分かかった登山路を50分程度で下山した。駐車場から南に向う一本道の東側山裾に見事な茅葺き屋根の一軒家があった。下車して近くまで行き画像に収めた。近くの畦道では同伴のご近所の奥さんが目ざとくわらびを見つけ急遽山菜採りが始まっている。一緒になって愉しんだ。一本道から北東に入った先に大舟寺があった。
山門下の駐車場に車を停めて参拝する。山門をくぐった先の緩やかな石段上の右側に見事な大木が大きな枝を広げている。傍の案内板には樹齢3百年以上の県指定天然記念物「大舟寺のカヤ」とある。境内の左右に茅葺き屋根の建物がある。左手の庫裏と右手の鐘楼である。正面石段上には独特の形をした甍の屋根をもつ本堂がある。その手前には苔むしたいくつもの石碑や墓石が並んでいる。本堂前で参拝を済ませ、裏手の墓地を見て回る。振り返ると本堂の屋根越しに登頂したばかりの大舟山の雄姿が覗いている。大舟山と大舟寺の絶好の組み合わせ図を切り取った。
自宅に戻ったのは2時半だった。山登りだけでなく、古民家探訪や山菜採り、山ゆかりの古刹参拝と盛りだくさんの愉しさを満喫した。

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