イクジイ(育爺)奮闘記2015年12月04日

 夕方、家内は夕食の支度に忙しい。娘は花ちゃんをあやしながらようやく授乳を終えてグッタリの風情である。お乳を飲んでおねむになる筈の花ちゃんがむずかりだした。むずかるだけでなく泣き声まであげだした。その泣き声が徐々に高くなる。
 パソコン前でデスクワーク中のじいちゃんが、「ここは出番か」とばかり立ち上がる。あやし疲れの娘も素直に花ちゃんを差し出す。抱きとって片腕を脇の下から背中に回し脇腹に手を添える。片腕は足元から差し入れてお尻を支える。その姿勢でゆらゆらと上下に揺らす。これで完璧である。てきめんに花ちゃんの泣き声が小さくなり、そして泣きやんだ。じいちゃんが娘に講釈を垂れる。「赤ちゃんは母親の胎内にいる時の状態に近づくほど安心するんやな。この抱っこの形は胎内の形に近いし上下動は動いている時間の多かった母親の胎内での揺れを感じているんと違うか」。ばあちゃんと違ってじいちゃんはどこまでも理屈っぽい。
 とはいえ子育てはそれほど甘くない。泣きやんだはずの花ちゃんが再びむずかりだした。あわてて上下動に加えて左右にスイングさせたり、左右の腕を入れ替えて抱っこの向きを変えたり、右手で首を抱えて立った形の抱っこにしたりとめまぐるしい。私の肩に顔を埋めた花ちゃんの口元から生臭さを含んだ母乳の匂いが漂った。その間も「は~なちゃん!じいちゃんやで~」「よしよしよし」「ええ子やな~」「ネンネしよか」等々思いつく限りの言葉で話しかける。ようやくおとなしくなってまぶたがゆっくり閉じ気味になる。そっとソファーに座って小さな上下動にギアチェンジ。何とも涙ぐましい芸の細かさである。まぶたの開け閉めが緩慢になりお休みモードに入ったかにみえる。ここで油断は禁物である。突然大きく目を見開いて「ア~ウ~ッ」と唸りだしたりする。ひたすら我慢して祈るように小刻み上下動を繰り返す。
 悪戦苦闘の40分が過ぎ、花ちゃんが完全にお休みモードになった。そっと立ち上がり和室の花ちゃん蒲団に連れていく。抱っこからお蒲団ネンネへの転換のタイミングこそが勝負どころである。胎内風の抱っこを解かれて違和感のある平たい蒲団に寝かされれば突如眠りから目覚めても無理はない。静かにゆっくりとお尻から頭に沿って横たえる。問題ない。しっかり目を閉じ眠りの世界に浸っている。そっと掛け布団を掛けてしばらく見守る。すやすやと寝息をたてる花ちゃんに別れを告げ足を忍ばせて引戸を閉めた。
 かくしてじいちゃんの初めての孫娘の寝かしつけが成功した。古希のじいちゃんと初孫との間を結ぶこうしたメモリアルを後どれだけ刻めるのだろう。イクジイ奮闘記の顛末である。

【エピローグ】夕食中、花ちゃんをあやしていた家内と食事を終えて交代した。ぐずつき泣き声をあげている花ちゃんを受け取った。必殺の抱っこ技を繰り出すと、ほどなく泣き止みご機嫌モードになった。「花ちゃんはじいちゃんになついているんやな~」。自慢げに呟いた。「なついてもらって良かったな~」。そう口にした家内の言葉にかすかなイラつきを感じたのは気のせいだろうか。